大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和60年(ワ)2801号 判決

原告

有限会社ニッセイファイナンス

右代表者代表取締役

飯田和也

右訴訟代理人弁護士

室井優

被告

三浦信用金庫

右代表者代表理事

小沢金作

右訴訟代理人弁護士

吉原省三

野上邦五郎

小松勉

被告

神奈川県信用保証協会

右代表者理事

佐藤実

右訴訟代理人弁護士

大原修二

飯田直久

被告

高橋正味

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

一  請求の趣旨

1  被告三浦信用金庫は原告に対し、金一一四四万八九二三円及びこれに対する昭和六〇年一一月二九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告神奈川県信用保証協会は原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一一月二九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告高橋正味は原告に対し、金四四〇万四六四九円及びこれに対する昭和六〇年一一月二九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告三浦信用金庫、同神奈川県信用保証協会)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  主張

一  請求の原因

1  訴外佐藤正子は、もと別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有していた。

2  正子は、本件建物につき、

(一) 被告三浦信用金庫(以下「被告金庫」という。)のために、昭和五二年一〇月一日、債務者訴外佐藤吉五郎(正子の夫)との信用金庫取引、手形債権及び小切手債権を債権の範囲として、極度額七〇〇万円、順位一番の根抵当権を設定し、その旨の登記を了し、

(二) 被告金庫のために、昭和五二年一〇月一日、債務者訴外有限会社浜正機械製作所(昭和五三年一二月一八日組織及び商号を変更して株式会社浜正産業となる。以下「訴外会社」という。)との信用金庫取引、手形債権及び小切手債権の範囲として、極度額五〇〇万円、順位二番の根抵当権を設定し、その旨の登記を了し、

(三) 被告神奈川県信用保証協会(以下「被告協会」という。)のために、昭和五二年一二月二一日、債務者訴外会社との保証委託取引を債権の範囲として、極度額一〇〇〇万円、順位三番の根抵当権を設定し、その旨の登記を了し、

(四) 訴外鈴木光利のために、昭和五四年二月七日、債務者訴外会社との金銭消費貸借取引、手形債権及び小切手債権を債権の範囲として、極度額一〇〇〇万円、順位六番の根抵当権を設定し、その旨の登記を了し、右根抵当権は同年五月一五日被告高橋正味に譲渡され、同年九月二一日その旨の登記を了した。

3  被告金庫は、昭和五四年一二月二五日横浜地方裁判所に本件建物の競売申立をし(同庁昭和五四年(ケ)第五八七号不動産競売事件、同五五年一月一一日競売開始決定)、原告は同五七年七月一六日本件建物を競落し、同年一一月九日競売代金二六三三万円を納付した。

4  右競落代金は、昭和五七年一二月七日配当され、競売手続費用四七万六四二八円を控除した後、被告金庫に対し一一四四万八九二三円、被告協会に対し一〇〇〇万円、被告高橋に対し四四〇万四六四九円が交付された。

5(一)  ところで、右競売事件の昭和五七年一月二〇日付鑑定評価書には、本件建物の敷地の賃貸借関係について、「昭和四一年七月一一日横浜簡易裁判所における調停により、賃料を一か月3.3平方メートルにつき四〇円、期間を昭和四一年七月一一日から二〇年とし、普通建物の所有を目的とする賃借権が設定されている」旨及び「本件建物には敷地範囲の借地権が付随することを考慮して」鑑定評価額を算定した旨記載されており、右調停調書の写も添付してあつた。原告はこれを信頼し本件建物には借地権が付随することを前提としてこれを競落した。

(二)  ところが、本件建物の敷地の所有者である山中一らは、借地人である吉五郎の賃料不払を理由に昭和五六年一〇月二一日賃貸借契約を解除したとして、同五七年三月三一日吉五郎に対し土地明渡を、正子(敷地の転借人)に対し建物収去土地明渡を求めて訴訟(横浜地方裁判所昭和五七年(ワ)第七四四号)を提起し、吉五郎に対する右訴訟は一、二審とも吉五郎の敗訴となり、同人は上告したが昭和六一年九月四日上告棄却となつた。

(三)  かように、原告が本件建物を競落した当時吉五郎の借地権が消滅していたため、正子の転借権も消滅していたことになり、結局、原告は本件建物を競落したものの、存在するとされていた土地利用権がなかつたこととなつた。

6  そこで、原告は本件建物を競落した目的を達成できなくなつたので、民法五六八条一項、五六六条二項を類推し、正子、吉五郎及び訴外会社に対し、昭和六〇年一〇月二六日到達した書面により、競売による売買契約の解除及び損害賠償の請求をした。

7  しかし、正子、吉五郎及び訴外会社はいずれも無資力であるから、原告は民法五六八条二項に則り、本件競売により配当を受けた被告金庫、被告協会及び被告高橋に対し、それぞれ、配当受領額全部の返還及びそれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一一月二九日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告三浦信用金庫)

1 請求原因1項、2項(一)(二)、3項、4項及び5項(一)(二)は認める。

2 同5項(三)は争う。

3 同6項は不知。

4 同7項のうち、正子らが無資力であるとの点は不知、その余は争う。

(被告神奈川県信用保証協会)

1 請求原因1項は認める。

2 同2項のうち(三)は認め、その余は不知。

3 同3項及び4項は認める。

4 同5項は不知。

5 同6項及び7項は争う。

三  民法五六八条一項、五六六条二項の類推適用に関する主張(被告三浦信用金庫、同神奈川県信用保証協会)

原告は、本件について、民法五六八条一項、五六六条二項の類推適用を主張するが、本件については、以下に述べるとおり、右各条の類推適用はない。

1  まず、建物に設定された抵当権の実行による競売において、敷地の利用権が存在しなかつたとしても、そもそも、民法五六八条一項、五六六条二項の類推適用はない。

2  仮に、建物の任意競売において、その敷地の利用権の瑕疵について民法五六八条一項、五六六条二項の類推適用があるとしても、それは、敷地の完全な利用権の存在することが明示され、かつ、評価の対象となつている場合でなければならない。何故ならば、敷地の利用権について仮に借地権があるとされていても、完全な借地権が存在する場合から、紛争が生じていてその存続が危ぶまれ、或いは、実体上既に消滅している場合まであるのであり、その経済的価値は一様ではない。従つて、完全な敷地利用権があり、それを前提としての競買価額である場合にはじめて右各条の類推適用があるのである。

ところが本件においては、借地権について紛争を生じていることが競売記録に現れており、敷地利用権に瑕疵があることが明示されていて、その鑑定評価額も正常な借地権の存在を前提としてこれを評価したものではなく、極めて低廉である。従つて、右各条が類推適用される場合ではない。

3  仮に、建物の競売において、敷地利用権の瑕疵について民法五六八条一項、五六六条二項の類推適用があるとしても、競買人に重大な過失があるときは契約解除、損害賠償の請求は許されない。

(一) 原告は、本件建物の競落に際し本件競売事件記録を閲覧したとのことであるが、そうだとすれば、本件建物の敷地について土地所有者との間に紛争が生じていることを知り得た筈である。

(二) 原告が右事件記録中の第二回鑑定評価書と中野弁護士の上申書により借地権に問題のないことを確認したとする時から本件建物の競落に至るまで八か月余りを経過しており、その間の事情変更を当然予想すべきであるから、原告としては競買申出の前に土地所有者に面会するなどして敷地についての紛争の推移について確認すべきであり、右確認は可能であつた筈である。

(三) 原告は、本件建物と敷地の権利関係について深く知り得る立場にあつた。即ち、原告のもと代表取締役であつた被告高橋は訴外会社に対し金員を融資し、本件建物に設定されていた順位六番の根抵当権を鈴木光利から譲り受け、更に、原告と役員構成を同じくする株式会社ニッセイが本件建物を譲渡担保として譲り受け、訴外会社の代表取締役であつた吉五郎から本件建物の明渡しを受け、これを無償で使用していたのであるから、原告としては本件建物を競落する当時本件建物と敷地との権利関係を十分把握し得る立場にあつたというべきである。

(四) 原告は「不動産の売買、賃貸及び管理並びに仲介」と「金融」を業とするものであるから、不動産の売買については通常人以上の知識を有するものであり、従つて、建物の競買において敷地の利用関係の確認が必要であることは十分認識していた筈である。

以上の諸事情を総合して考えると、原告は、本件建物の敷地の権利について瑕疵があることを承知していたものとみられ、仮に承知していなかつたとすれば、知らなかつたことについて重大な過失がある。

四  抗弁(被告三浦信用金庫)

原告の本件配当金返還請求権は、売買契約の解除によつて原告に生じた原状回復義務と引換給付の関係にある。そして、原告の負担する原状回復義務は、本件建物の所有者正子に対しては本件建物の所有権登記名義の返還であり、被告金庫に対しては抵当権登記の回復であるところ、被告金庫は正子の右抗弁を援用し得る地位にある。

よつて、被告金庫は、仮に原告主張の金員の返還義務があるとしても、原告が横浜地方法務局昭和五七年一一月一〇日受付第五五七五三号所有権移転登記の抹消登記手続並びに同法務局同五二年一〇月一日受付第五六五〇五号同第五六五〇六号各根抵当権設定登記の回復登記手続をするまで右金員の返還を拒絶する。

五  被告らの主張及び抗弁に対する認否

いずれも争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1項ないし5項について

1  (被告三浦信用金庫に対し)

請求原因1項及び2項(一)、(二)は当事者間に争いがなく、同項(三)、(四)について同被告は明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。同3項、4項及び5項(一)、(二)は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、同6項の事実が認められる。

2  (被告神奈川県信用保証協会に対し)

請求原因1項及び2項(三)は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、同項(一)、(二)、(四)の事実が認められ、同3項及び4項は当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によると、同5項(一)、(二)の事実が、また、〈証拠〉によると、同6項の事実がそれぞれ認められる。

3  (被告高橋正味に対し)

同被告は、適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しないから、請求原因事実を明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。

二民法五六八条一項、五六六条二項の類推適用について

1 民法五六八条一項にいう強制競売にはいわゆる担保権の実行による競売も含まれるが、建物の競売は必ずしもその敷地の賃借権等の使用権の存在を前提として行われるものではないから、競売における建物所有権移転の契約において、常に敷地使用権の移転を伴うものとみることはできないし、また、競売は債務者ないし担保提供者たる所有者の意思に基づいて行われるものではないから、たとえ、敷地使用権が存在せず、その事実があらかじめ競買申出人ないし競落人に告知されなかつたとしても、債務者ないし建物所有者にその責任を負担させることはできない。

従つて、債務者や建物所有者は競売に際し当然には敷地使用権の存在まで担保する義務はないというべきである。

しかしながら、敷地使用権が実際に存在するときは、これが建物の競落に伴い従たる権利として競落人に移転すると解されているから、建物の競落に当たり、その建物に敷地使用権が存在するか否かは重大な問題である。そして、敷地使用権は、建物自体の価額とは別個にそれ自体独自の財産的価値を有するものであるから、競売手続において、建物の評価人は目的建物を評価する場合、敷地使用権が存在するときはその価額を適正に評価し、これを加えて目的建物の評価額を定めなければならず、裁判所の定める最低競売価額も右評価額を斟酌して決定されることとされていた(改正前民事訴訟法六五五条)。

故に、建物の競売手続において、目的建物に付随する権利として敷地の賃借権等の使用権が存在するものとされ、右敷地使用権の価額が評価されて最低競売価額が決定されたことが明白であり、これに従つて競売が行われた場合、その後右敷地使用権が不存在であつたとして競落人の敷地使用権が否定されるとすれば、債務者及び債権者は不当に利益を得る反面、競落人は不測の損害を被ることとなり、その結果は極めて不公平であり、且つ、合理性を欠くものといわざるを得ない。

従つて、右のように、目的建物に付随する権利として敷地使用権が評価され、これを考慮して最低競売価額が決定されていることが明白である場合において、後日、右敷地使用権が存在しないこととなり、競落人の敷地使用が否定されるに至つたときは、民法五六八条一項、五六六条二項を類推適用して、債務者或いは担保提供者である所有者に敷地使用権の存在について担保責任を負担させ、競落人は債務者らに対し競売による契約を解除し、代金の減額を求めることができるものと解するのが相当である。

2  これを本件についてみるに、前記認定事実に加えて〈証拠〉によると、本件建物の競売手続において作成された昭和五五年八月二六日付鑑定評価書(甲第三号証)には、敷地使用権に関し、借地条件不詳とし、敷地所有者である山中一から、同人らは借主吉五郎(正子は転借人)に対し建物収去土地明渡請求訴訟を提起し係争中であることを聴取した旨記載されており、本件建物の評価額を二五一二万円と評価していること、その後、競売手続は進行しなかつたところ、昭和五六年一〇月三〇日、債務者訴外会社及び建物所有者正子代理人弁護士中野保男は、右山中らと吉五郎との間の本件建物の敷地の賃貸借契約は解除されていないので、本件競売手続を進行されたい旨の上申書を提出したこと、そして、再度の評価による昭和五七年一月二〇日付鑑定評価書(甲第二号証、評価人は前記甲第三号証と同じ。)には、建物の敷地の賃貸借について、請求原因5項(二)のとおり、横浜簡易裁判所において調停が成立した旨の記載及び右借地権の付随することなどを考慮して本件建物を二九二六万円と評価した旨の記載があること、なお、右山中らは吉五郎に対し、昭和五六年一〇月二四日右敷地の賃貸借契約を解除したとして請求原因5項(二)のとおり訴訟を提起し、当裁判所は昭和五九年一〇月三〇日右請求を認容する判決を言い渡したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によると、本件建物の競売手続において、敷地使用権については当初から土地所有者と借地権者である吉五郎との間に紛争があることが現れており、その後右紛争が解決し完全な借地権が存続している点については、前記中野弁護士の上申書によるも必ずしも明らかでなく、再度の評価による本件建物の評価額も、最初の評価額と対比すると、敷地の賃借権の存在を前提としその財産的価値を評価してこれを考慮したものと断定することはできないので、結局、本件建物の競売手続において、建物の敷地使用権の存在が明示され、右敷地使用権が評価されてこれを考慮の上建物の最低競売価額が決定されたことが明らかであるとはいい得ない。

従つて、本件において、本件建物を競落した原告が敷地の賃借権が存在しないとして本件建物をその敷地において利用することを否定されたとしても、債務者或いは建物所有者である吉五郎や正子らに対し競売による契約を解除し、被告らに対し配当を受けた代金の返還を求めることは許されないというべきである。

三以上のとおり、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官蘒原孟)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例